5/3 憲法記念日「新しい憲法をつくる国民大会」で中津川が講話。憲法改正の必要性を強調。

 

憲法の前文を変え、9条を変え、日本は国軍を持ち、非常事態規定を一日も早くつくるべき。保守が党派を超え一つになれば、すぐにでも憲法を改正できる。と中津川が主張。

 

 

以下、中津川の講話全文

 

 

「新しい憲法をつくる」。これは当然のことであります。そもそも、今の憲法は日本が占領下にあった時にできました。つまり主権がなかったわけです。主権がない時に、主権の発動たる憲法を制定できるのか。そう思うわけであります。

 

そのような観点から、私は次の3点について申し上げます。

 

【前文】前文に日本らしさを取り入れる。

第1に前文です。前文というのは、物語で言えば、いわゆる「プロローグ」に当たるわけですが、明らかに今の憲法の前文には異様さを感じます。例えば、こんな文言がある。

 

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」

 

ところが、日本人を拉致し、ミサイルを発射して日本を脅かす北朝鮮、軍事力を増強して尖閣諸島を奪おうとする中国。そんな国が日本の周りにあるのに、「諸国民の公正と信義に信頼」できるわけがありません。私に言わせれば、極めて不適切な前文と言わざるを得ない。実に恥ずかしい文言です。

 

私は前文というのは、言わば「国の顔」にもなる部分だと思っています。したがって、やはり、「日本らしさ」というものを前面に打ち出すべきではないでしょうか。

 

今年は皇紀2672年。日本は世界最古の国であります。日本の誇るべき歴史・伝統・文化、守るべき国柄、あるいは世界中から尊敬を集める日本人の道徳観、倫理感、そして、この恵まれた美しい自然と調和しながら暮らす従順な心。

 

身を修め、家庭を整え、国を大切にし、世界平和のため尽力をする」という「修身斉家治国平天下」の精神であります。聖徳太子の17条憲法の第1条にもありますが「和を以って貴しと為す」という和の精神、言い換えますと「他人を思いやる心」「助け合う心」、まさに「利他の精神」であります。そういったものを前文に描くべきだと思っております。

 

【9条】9条を変える。

第2に9条であります。未だに「日本の憲法は世界唯一の平和憲法だ」と言う人がおりますが、これは全くの嘘であります。

戦争放棄を掲げる国は世界中にあります。イタリア、ドイツフランスも、韓国もそうです。戦争放棄と併せて国防条項ですとか兵役義務規定を設けている国もあります。

 

「日本の憲法は世界唯一の平和憲法だ」という主張は完全な誤りであって、極めて独善的と言わざるを得ません。

 

「九条の会」という団体がありますが、彼らは「憲法を守れば平和でいられる」「9条を世界遺産に」などと言う。全く時代遅れでトンチンカンであります。「見せかけの平和」です。北朝鮮の拉致問題を誘発したのは、まさに、そのような主張のあらわれだと思います。

 

私は今、衆議院の拉致問題特別委員長を務めておりますが、かつて、護憲を唱える政党は「拉致はデッチ上げだ」とまで言ってきました。「朝鮮労働党が『拉致なんてない』って言うのだから、ありませんよ」と言っていました。

ところが、北朝鮮が拉致を認めました。それで日本人の認識が一変したのです。「拉致はテロだ」と言われますが、まさに日本はテロに遭ったわけです。これらが、口先だけで「平和」を唱える政党・政治家の現実であります。

 

「憲法に『平和』と書けば、『平和』になるのであれば、憲法に『台風は日本にはくるな』と書けばよい」という有名な言葉があります。哲学者の田中美知太郎先生の名言です。今こそこの言葉を噛み締めるべきではないでしょうか。

 

日本は軍隊を持つべき。

いくら口で「平和」「平和」と叫んでも、「平和」は訪れません。「平和」を壊すような行為を阻止する手段を講じなければ「平和」は実現できないはずであります。そのためにも、まず日本は軍隊を持つべきです。

 

日本の自衛隊は海外に出ると、世界の常識に照らし合わせて「軍隊」と見られ、軍隊として扱われます。これは、国際法上、「軍隊」と解釈できるからです。ところが日本では違う。「必要最小限度の実力組織」です。つまり、「軍隊はないが、国を守るための自衛隊はある」という、極めて曖昧な解釈なのです。その結果、自衛隊がPKOに参加しても、世界中の軍隊が普通にできることが、憲法の制約からできない。他国の軍隊が日本の自衛隊を守ってくれることがあっても、他国の軍隊が困っている時に、日本の自衛隊が武器を使用して助けに行くこともできないのです。

例えば自衛隊がテロリストかなんかに襲われた時に、外国の軍隊は、自衛隊を助けることができる。しかし、逆に外国の軍隊がゲリラかなんかに襲われている時は、自衛隊は彼らを救うことすらできないのです。外国から見からみれば、極めておかしな話です。これが実情であります。

 

自衛隊を「軍隊」にする。それは独立国として当然のことであります。「自衛軍」でも「国防軍」でもいい。軍隊を持って、自らの身は、自ら守る」態勢を整えてこそ、国の安全が確保され、平和を実現することができるのであります。

言うまでもなく国防は国の基本であります。旧字体の「國」という字を思い起こして下さい。その中の「口」は国民を意味します。そして、その下にある「一」は国土を意味します。そして、「(ほこ)は軍事力を意味しておりまして、それらの周りを囲む「口」は、国境を指しています。つまり軍事力というのは、国の平和と安全を確保して、戦争を防止するためのものなのです。そこをしっかり理解する必要があると思います。

 

【非常事態規定】3.11の教訓から非常事態規定をつくる。

第3に非常事態規定についてであります。言うまでもなく、国家の独立、国民の生命と財産を守ることは、極めて重要な政治の責務でありますが、今の憲法には、非常事態における包括的な原則が記されていない。これは憲法が国民生活の混乱に対し、何もできないことを意味するものであります。

 

ご承知の通り、大日本帝国憲法には非常事態に関する規定がありました。ところが、戦後の新憲法制定時において日本は、非常事態の対応に関する緊急命令、緊急財産処分についての文言を挿入しようと提案したにも関わらず、アメリカは、日本の再軍備への懸念から、認めませんでした。

 

唯一、非常事態対処に関わるものとして、参議院の緊急集会の規定がございます。しかし、これは厳密には、平常時の立憲体制における延長上のものに過ぎません。到底、非常事態対処規定とは言えません。つまり今の憲法は、平常時の規定のみが記されていて、非常時に関する規定は全くないのであります。

 

昨年の東日本大震災以降、「憲法改正においては非常事態規定を設けるべきだ」との議論が出てきました。これは当然のことであります。

 

李登輝先生の功績。

 

今から13年前、台湾で大きな地震が起きました。あの時、総統であった李登輝先生のリーダーシップは世界中から高い評価を受けました。私の大変尊敬する政治家でありまして、私も今、日本・台湾交流促進議員の会の会長として、度々、ご指導を仰いでおりますが、なぜ李登輝先生はあれだけ立派な対応を取ることができたのでしょうか。

もちろん、李登輝先生のリーダーとしての能力、あるいは武士道精神、そういったものが根底にあったことは言うまでもありませんが、やはり、台湾の憲法に記された非常事態規定、これを有効に扱ったということではないでしょうか。

 

李登輝先生はあの時、半年間の緊急命令を発令しました。時に、超法規的な措置も取るというものです。併せて徹底的に軍隊を活用しました。地震という非常事態に対して、まず何をすべきか、どう実施するかという術を、李登輝先生は、しっかりと心得ていたわけであります。新しい憲法をつくるに当たっては、この非常事態規定をしっかりと設けなければなりません。平時にこそ非常時の備えを整える。これは、政治の第一義的使命であると思います。

 

保守が党派を超えて一つになれば憲法改正はすぐにできる。

これまで日本国憲法は「不磨の大典」と言われてきました。日本のように、制定後、ただの1度も改正されたことがない憲法は、世界中を見渡してみても、極めて異例と言わざるを得ません。

 

しかしながら、今や国民の大多数が憲法改正を求めております。まさに法改正のための社会的・政治的環境が整った」「機は熟した」と言えましょう

 

今の憲法は明らかに現実にそぐわない部分が多い。これまで日本は、憲法を自由自在に拡大解釈しながら、何とか寿命を延ばしてきましたが、もはや限界であります。占領軍によって書かれた基本法をずっと大事にしていると、この国はさらに病んでいく。一刻も早く、新しい憲法を制定しなければなりません。私は、そのような強い決意でおります。

 

民主党にも未だに社会党の残骸のような考え方を持った人がいます。自民党だって「自主憲法制定」を掲げながら、憲法改正に否定的な人もいます。

 

ここはやはり、党派を超えて、保守が大同団結して、憲法改正に向けて、今一歩、駒を進めなければならないと思います。ぜひ皆様、一緒になって、日本らしい憲法を、われわれ日本人の手で、つくろうではありませんか。